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2015年7月20日 (月)

「藤戸」訪問その2

「藤戸」の謡を読むと、老母と盛綱のやり取りから見る漁師の身の上が悲惨すぎます。

老母
科も例も波の底に。沈め給ひし御情なさ。申すにつけて便なけれども。御前に参りて候ふなり。

老母に問いつめられて、盛綱は答えます。
又もや人に語らんと思ひ。不便には存じしかども。取つて引き寄せ二刀さし。其まゝ海に沈めて帰りしが。

それはどこなのか?
あれに見えたる浮洲の岩の。少し此方の水の深みに。死骸を深く隠しゝなり。

その浮洲岩の跡だという石碑が、藤戸寺の近く、今は田畑が広がるところに残されています。
Ukisu1

Ukisu2

Ukisu3

渡れる浅瀬を教えたのに関わらず、殺されてしまう。戦術的にはそういうものかもしれませんが、当事者にはただただ理不尽すぎます。
亡き子と同じ道になして給ばせ給へと。人目も知らず臥し転び。我が子返させ給へやと。
Ukisu4


藤戸寺から盛綱橋を渡った先に、経ヶ島と呼ばれるところがあります。
写真は藤戸寺がある側から盛綱橋を破産で経ヶ島(対岸右側の木が生い茂っている所)です。
盛綱は領主としては名声高い人物だったようで、勇ましい像も橋に建てられています。
Dscn2104

Dscn2102

盛綱は、藤戸寺で大法要を営んだといわれ、そのとき書写した経をこの小島に埋めて経塚を建てたとのことです。源平の合戦の戦没者と、漁師のためだそうですが、能「藤戸」では、法要で漁師の亡霊が成仏したところで終わりますが、それでも理不尽なことをされ、老母には酷すぎると感じました。

Kyou1

Kyou2


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